【さよならごつこ】杜野凛世についての感想と考察と怪文書
はじめに
みなさま、お久しぶりです。
ツユモです。座右の銘は「他人に優しく、自分にもっと優しく」です。
毎日をなんとなく過ごしているうちに、いつの間にか年が明けてしまったようですが、本年も変わらずこのブログでは、「アイドルマスターシャイニーカラーズ」についてゆるゆると語っていきたいと思います。
それにしても、直近のシャニマスの盛況ぶりには目を見張るものがありますね。
12月31日の深夜なんて、杜野凛世さんの新PSSR【さよならごつこ】の実装までのカウントダウンをあらゆる放送局が行い、最近では日本人の半数以上が「【さよならごつこ】を引けますように」という願いを込めて神社を訪れているようでございます。(しかも作中の杜野凛世さんと似たような服装をまとい、こすぷれ気分で訪れる女性の方も多いようです)
さて、そんな日本中が注目する【さよならごつこ】ですが、あまりにも素晴らしすぎるイラストで、初めてみたときは動悸が止まらず、うまく呼吸ができず、夜は寝付けず、軽く死を覚悟するレベルでした。
コミュの雰囲気も毎度のことながら大変美しく、激しいドラマこそ無いものの、読み進めるごとに静かな多幸感に包まれていくような良い物語でしたね……。
ともすれば、こんな作品を分析したりすること自体が無粋かと思いつつ、どうしても書き記しておかずにはいられませんでしたので、いつもの通り感想と考察を綴って参りたいと思います。
※実装されたばかりのカードですので、ネタバレにはくれぐれもご注意ください!!
■今まで本ブログで書いたシャニマス関連の記事はこちら。
▼本記事の目次
第1章 【われにかへれ】との対比
本カードを手にした多くのユーザーは、まずTRUE ENDのタイトルを見て驚愕したに違いない。「我に帰れ」……説明するまでもなく、2020年8月11日に実装された、杜野凛世5周目PSSR【われにかへれ】を想起せずにはいられない名称である。
シャニマスのコミュは他との明確な繋がりのない単話完結型のものが多いが、本作はコミュの内容としても
・事務所から遠く離れた地が舞台であること
・そこへ向かう車内から物語が始まること
・赤と青の色彩が印象的に登場すること
・ムービーが挿入されるコミュの山場では、夜の情景が切り取られていること
などなど、【われにかへれ】との共通点が多く、その繋がりを強く意識して制作されたものである可能性が非常に高い。
真偽の程は不明だが、思い出アピールLV5に登場する「510」という数字も、【われにかへれ】が実装されてからの日数なのではないか、という考察もネット上では見られている。
※正確なリリース日とは若干ずれが生じているが、作中で凛世が帰京した日付を「1月3日」とすれば辻褄は合う。(もちろん、この記事を1月3日に公開したのもこのためである!!)
(ちなみに余談だが、「ひかりさす」と合わせて、「N700系 ひかり510号」=東海道・山陽新幹線(東京方面行)を表すという説も存在しており、凛世の実家が「鳥取県」であることを考えるとこちらの説も有力である。ダブルミーニングなのか、そのほかにも意味があるのかは神とシナリオライターと高山のみぞ知る…)
以上を踏まえ、この章では【われにかへれ】との関連性を主軸に議論を展開していく。
まず着目したいのは、【われにかへれ】と【さよならごつこ】では、対照となる要素が数多く散りばめられていることである。
・「夏」と「冬」
・「仕事としての旅行」と「プライベートとしての帰省」
・「プロデューサーと二人きりの旅」と「プロデューサと離れ離れになる旅」
などなど、多数の対比が見受けられる中で、特筆すべきはやはり「プロデューサーと心が通じ合えない関係性」が「プロデューサーと心が通じ合う関係性」へと変化したことであろう。
該当の場面は、3番目のコミュ『遠きにて』で描かれる。
姉夫婦、そして母親と共に晴れ着姿で初詣へ出かけた凛世。大晦日の深夜ということもあり、周囲はお祭りムード一色だが、姉夫婦の仲睦まじい様子と、「南天」「チョコレート」を想起させる「赤いりんご飴」の光景に感化され、プロデューサーへの想いは募っていくばかり。
どうしてもプロデューサーの声が聞きたくなった凛世は、ついにはお祭りを一人抜け出して彼に電話をかける。着信音が10回続いたら諦めて電話を切る、というルールを自らに課してその応答を待つ中、ちょうど10回目にしてプロデューサーがその電話をとるのである。
この一連の情景が、ムービー、立ち絵、ボイス、BGM、SE、シチュエーション全てが最高のクオリティで構成される、まさにシャニマス史に残る名場面と言えよう。
この場面での凛世の行動からは、プロデューサーを恋慕う想いがもはや抑えようもないほど大きくなっていることと同時に、【われにかへれ】やGRAD編においてプロデューサーから言われた「わがままになってほしい」という発言を踏まえた成長も感じられる。
【われにかへれ】では不貞寝、【杜野凛世の印象派】ではその場を立ち去る、という形でしか恋心ゆえのもどかしい感情を表現できなかった凛世が、「お声を聞きたい」という一心でプロデューサーに電話をかける積極的な姿には涙を禁じ得ない。
また、プロデューサーや姉夫婦の迷惑を考え、10回という制限を自らに課しているのも、後先考えずに逃亡して迷子となった【杜野凛世の印象派】の時からの成長を感じ取ることができる。
一方、この場面ではプロデューサーについても、大きな変化が感じられる。
【われにかへれ】の『月があたらしい』において、凛世の心の声と蛍の声を重ね合わせ、「……聞こえたらいいんだけどな」と呟いていたプロデューサーが、今回のコミュで凛世の心の叫びとも言える着信に気づいたのは、まさに鳥肌の立つ瞬間である。
あのとき聞こえなかった声が、510日もの歳月を経て、ようやく携帯電話の着信音という形でプロデューサーに届いたのである。
また、【われにかへれ】においても【さよならごつこ】においても、ムービーシーンの直後に、画面全体が白く光り、凛世が言葉をこぼす場面が存在するが、前者が「―しい……」とプロデューサーには届かなかったのに対し、後者では「―遠い……」という言葉がきちんと届いているのも実に感慨深い。
最初は二人を分かつ距離が恨めしく辛かった凛世だったが、遠く離れたことによって逆にプロデューサーとの関係性が深まったことを認識し、「遠い」という状況さえこのとき愛おしく感じたのだろう。そしてその温かい想いは今度はきちんとプロデューサーにも伝わり、二人の心に光が差し込んだ瞬間と言える。
「成就した恋ほど語るに値しないものはない」とは小説家・森見登美彦の名言だが、電話が繋がったあと二人の交わした会話がコミュで描かれていないことも非常にお洒落である。
ずっと傍にいながらも互いの心の声を聞くことができず、すれ違う二人のもどかしい関係性を描いた【われにかへれ】と比較すると、今作【さよならごつこ】では、遠く離れた場所にいてさえも心が通じ合う関係性にまで二人の絆が深まったことが読み取れる。
まさに、510日かけてようやく1つのゴールに辿り着いた「どエモい」コミュだったと結論づけることができるだろう。
第2章 赤と青、そして緑
本ブログの考察記事で過去幾度も触れてきたことではあるが、凛世コミュにおいて「赤」は非常に大きな意味をもった色彩である。
【十二月短篇】における「口紅」、【われにかへれ】における「いちご味のかき氷」、【ロー・ポジション】における「ケチャップ」、【さよならごつこ】における「りんご飴」のように、「赤」は一人の少女としての凛世がプロデューサーを異性として強く意識する場面で登場する「恋の色」といっても過言ではない。
そしてその多くが、口元を染める色彩として表れており、直近の「2021Xmas スペシャルコミュ」においてもナゲットとバーガーを食べる場面で、ケチャップの赤さを強調する台詞があったのが印象的である。
さて【さよならごつこ】では「りんご飴」のほかに、「南天」と「チョコレート」が「赤」として登場している。
まず「南天」だが、「私の愛は増すばかり」という本作にぴったりの花言葉を持った、真っ赤な実をつけるメギ科の常緑低木である。2番目のコミュ『南天』においては、凛世とプロデューサーが食事(デート)へと向かう最中に見つけたものであり、「青い空」と対比される存在として登場する。
赤と青の対比といえば、【われにかへれ】の『むらさき』においても描かれたものであり、その際は凛世がいちご味の赤いかき氷、プロデューサーがブルーハワイ味の青いかき氷を食べて、舌がそれぞれの色に染まる、という描写が記されていた。そして前章で述べた通り、【さよならごつこ】は【われにかへれ】を踏襲した物語であることを考慮すると、ここでの「赤い南天=凛世」、「青い空=プロデューサー」を比喩した舞台装置と捉えることができるだろう。
【さよならごつこ】では、この後「青い空」と「赤い南天」の声を凛世が代弁する場面がある。「青い空(=プロデューサー)」は「赤い南天(=凛世)」に対し、「お前は美しい」と呼びかけているが、まさしく凛世とプロデューサーの「運命の出会い」であるスカウトの場面を想起させるようであり、それに対しプロデューサー自身も「それは俺も賛成だな」と同意を示している。
一方、「赤い南天(=凛世)」は「青い空(=プロデューサー)」に対し、「あなたは遠い」と伝えるが、これは純粋に「もっと近くにいたい」という凛世の心の表れと捉えることができるだろう。
また、ここからはさらに独自性の強い解釈になってしまうが、このときプロデューサーが少し間を置いて「ああ―」「あんなに高くっちゃなぁ…!」と応じていることについて少し考察してみたい。
プロデューサーの中で「青」とは、「放課後クライマックスガールズにおけるイメージカラー=アイドルとしての杜野凛世」を象徴する色彩でもある。「あんなに高くっちゃなぁ…!」というセリフには、アイドルとしての凛世が、もはやプロデューサーの手の届かないほど高く飛び立ちつつある(可能性を秘めた)存在であることを暗喩しているのではないだろうか。【ロー・ポジション】やLP編の考察の際にも述べた通り、「プロデューサーとアイドル」という二人の関係性には少しずつ主従の逆転が見られつつあるのである。
さらに言えば、アイドルとしての姿であればプロデューサーと同じ「青」でいられるものの、「アイドル」という肩書きを捨てた一人の少女としての姿では、「青」から遠く離れた「赤」になってしまう現実をここでは突きつけられているようでもある。
しかしながら、最終的に【われにかへれ】において、赤と青が混ざる(=紫になる)ことは無かったことを考えると、今回のコミュでは赤と青が互いに「呼び交わす」という形で、心が通じ合っている光景が見られているのは、二人の関係性の変化を暗示したような注目すべき変化と言えよう。
そして、この「南天」に続いて登場するのが「真っ赤」なパッケージのチョコレートである。凛世はせっかくプロデューサーからもらった大切な贈り物が消えてしまうことを恐れて食べることを躊躇するのだが、思えばこれまで登場した「赤」もそのほとんどが、いずれ枯れてしまうものや消耗品など、「儚い」「一時的」なイメージのもので統一されていた。
同じく「恋心」というのも一過性の強い概念である。もちろん凛世においても例外ではなく、この先長い人生の中で新たな出会いを重ねたり、アイドルという肩書きで世界に向けて大きく羽ばたいていったりすることを考えると、「恋する少女」でいられる時間はあまり長くは無いかもしれない。
そんないつか訪れる終わりに対して恐れを抱く凛世に対して、プロデューサーは大人としての立場から「なくなるんじゃなくて、美味しいという気持ち(=思い出)に変わる」と凛世を優しく諭す。
この「無くならない」という言葉に関連して、本作で新たに登場するのが「常盤色(=緑色)」である。劇中では4番目のコミュ『常盤』にて、凛世の姉から贈られた髪留めの色として用いられており、赤と青双方を引き立たせる色、姉がデート用に使用していた色であることが示されている。
「常盤」とは、文字からも明白なように「永久に続く様」を表す言葉であり、円満な家庭を築き既に子宝にも恵まれている凛世の姉から受け継いだものであることから見ても、このコミュでは「一過性の恋(=赤)」とは対照的に、「永遠に続く愛」を象徴した色と言えるのではないだろうか。
凛世は今回、タイミング悪くプロデューサーとのデートにおいては「常盤色の髪留め」は身に付けていくことができず、代わりに「紅のかんざし」でお洒落をする。ここで着目したいのが、プロデューサーとの会話の中で一瞬「本当は緑のかんざしが…」と言いかけた凛世が、今の格好が綺麗だと褒められたことで、「隣を歩ける方が嬉しい」と伝え直すやりとりである。
人によって大きく解釈の割れそうな場面ではあるが、今の凛世は、「彼氏と彼女」「夫と妻」というような客観的で強固な関係性・肩書きよりも、今のプロデューサーとの不安定で儚い関係性を気に入っていることを示すやりとりなのではないかと私は考察している。
つまり(劇中では確実にありえないことであるが、)凛世がプロデューサーに対し交際を迫るようなことはありえないと言い換えても良い。また、反対にプロデューサーが仮に今後凛世にプロポーズしたとしても、凛世は今の関係性を壊したくないという想いから断ってしまうのではないか、という推察でもある。
凛世は今、「一人の少女としてプロデューサーという男性と親密な関係になりたい」という願いと共に、「アイドルとプロデューサーとしての関係性を壊したくない」という大きなジレンマを無意識に抱えている。そんな不安定な状況は決して長くは続かず、大抵の場合その恋は成就することのない「青春の1ページ」として儚く消え去ってしまうことだろう。
生涯独身を貫いた歌人・山崎方代は晩節に「南天」と「恋」を題材にして、自身の人生を振り返り以下のような歌を残している。
一度だけ 本当の恋が ありまして
南天の実が 知っております
凛世が今抱いている気持ちもいずれ、「南天の実」だけが知る恋になってしまうかもしれない。しかし、だからこそ今だけは強く美しく輝き、我々を魅了してくれるのである。
作中でプロデューサーが述べていたように、たとえ形としては残らなくても、その「青春」はかけがえのない「気持ち」へと変化し、凛世にとって人生の糧となり、標となり、支えとなってくれるだろう。
「ごっこ」ではなく、本当の「さよなら」が二人を訪れるその日まで、この物語を見届けていきたい。
▼蛇足:後日、思い出アピールの「510」の謎について再調査した記事です。